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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1590号 判決

控訴人 東名企画株式会社

被控訴人 下川智之 外一名

主文

一  原判決を取消す。

二  控訴人と被控訴人らとの間で、控訴人が別紙目録記載一、二の各土地を所有することを確認する。

三  被控訴人日総業株式会社は、控訴人に対し、右土地につき横浜地方法務局秦野出張所昭和四五年六月二〇日受付第九五六五号所有権移転請求権仮登記及び同出張所同月二九日受付第一〇一三六号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

四  被控訴人下川智之は、控訴人に対し右土地につき昭和四二年一〇月九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

五  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人下川智之(以下単に被控訴人下川という。)は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との、また被控訴人日総業株式会社(以下単に被控訴人会社という。)は、「本件控訴を棄却する。」との各判決を求めた。

理由

一  控訴人を買主、被控訴人下川を売主として、その所有にかかる別紙目録一、二の各土地(当時の地目は畑。以下本件土地という。)及び同目録三ないし五の各土地につき、また控訴人を買主、被控訴人下川の妻初枝を売主として、その所有にかかる同目録六の土地につき、いずれも昭和四二年四月初に売買契約が締結されたこと(以下これを本件売買契約という。)は当事者間に争いがなく、同年一〇月九日本件土地につき農地法五条の許可がなされたことは、成立に争いのない甲第六号証により認めることができる。

二  売買代金について

控訴人と被控訴人下川との間では成立に争いがなく、控訴人と被控訴人会社との間では、証人下川智之の証言及び原審における被控訴人下川本人尋問の結果によりその成立を認める甲第四、五号証、証人福田幸雄、原審及び当審における証人富田祥介の各証言を綜合すれば、本件売買契約における代金額は、畑が坪当り四〇〇〇円、山林が坪当り二〇〇〇円で、いずれも公簿面積に従つて算出し、合計金六三九万四〇〇〇円であつたこと(公簿面積に従つて算出の点は当事者間に争いがない)が認められ、右認定に反する証人下川智之、同下川初枝の各証言、原審及び当審における被控訴人下川本人尋問の各結果は、前掲各証拠に照らして到底措信し得ず、他にこれを覆すべき証拠はない。そして、控訴人が昭和四二年四月一一日右金六三九万四〇〇〇円を被控訴人下川及び妻初枝に支払つたことは当事者間に争いがなく、してみればこれにより控訴人は本件売買契約における代金全額を完済したものといわなければならない。

なお、証人下川智之の証言、原審及び当審における被控訴人下川本人尋問の結果中には、本件売買契約に際し、被控訴人下川が本来負うべき譲渡所得税について、これを控訴人が負担するとのとりきめがなされた趣旨のものがあるが、証人福田幸雄、原審及び当審における証人富田祥介の各証言及び弁論の全趣旨に照らしてたやすく措信できず、右はせいぜい被控訴人下川において同税負担の軽減のために控訴人の協力を希望したのに対し、控訴人においてこれを考慮すると述べた域を出なかつたことを推認するに難くない。

三  抗弁について

被控訴人らは、昭和四五年三月頃控訴人と被控訴人下川との間で本件売買契約を合意解除したと主張するが、これに副う証人下川初枝の証言及び原審における被控訴人下川本人尋問の結果は、証人福田幸雄の証言に照らして措信せず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、同年四月末日の経過により売買代金半額の不払いを理由に本件売買契約は解除されたとの主張は、前記のように、売買代金はすでに同四二年四月一一日に完済されているのであるから、採用の限りではない。

四  登記及び通謀虚偽表示について

被控訴人会社が、本件土地につき、横浜地方法務局秦野出張所昭和四五年六月二〇日受付第九五六五号を以て同月一九日売買予約を原因として所有権移転請求権仮登記を、また同出張所同月二九日受付第一〇一三六号を以て同月一九日売買を原因とする所有権移転登記をそれぞれ経由していることは当事者間に争いがなく、右売買予約及び売買がいずれも被控訴人下川と被控訴人会社との通謀虚偽表示によるものであるとの控訴人の主張は、本件全証拠を以てしてもこれを認めるに足りない。

五  背信的悪意について

以上一ないし四の事実関係によれば、本件土地は被控訴人下川によつて控訴人と被控訴人会社とに二重売買されたことになり、しかも移転登記は前記のように被控訴人会社にあるから、控訴人としては、被控訴人会社がいわゆる背信的悪意者であると抗争する。そこで以下にこれを検討する。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし六、第六、七、九号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二〇号証、証人福田幸雄及び原審における証人富田祥介の各証言により控訴人名義の申請部分が偽造であると認める甲第一号証の三、被控訴人会社との間では成立に争いがなく、被控訴人下川との間では原審における富田祥介の証言により成立の真正を認める甲第一〇号証の一、二、証人福田幸雄の証言により成立の真正を認める甲第一七号証、当審における証人富田祥介の証言により成立の真正を認める甲第二二号証の一ないし三、証人下川智之の証言により成立の真正を認める乙第一ないし第三号証、証人福田幸雄、同下川智之、同山県賢立、同本郷利夫、同江崎日出男、原審及び当審における証人富田祥介の各証言並びに原審及び当審における被控訴人下川本人尋問の各結果(ただし証人下川、山県、本郷、江崎の各証言及び被控訴人下川本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和四一年頃から本件土地を含む神奈川県足柄上郡中井町一帯の地域を、その経営にかかるレインボーカントリー倶楽部のゴルフ場用地として買収することを企図し、現地側も中井町北部開発委員会なるものを組織してこれに協力し、大多数の地域住民は山林反当り四四万五〇〇〇円、畑反当り六〇万円で買収に応じたこと、被控訴人下川とその妻初枝は小田原市に在住していたので、右委員会とは別箇の交渉がもたれ、結局前記のように山林坪当り二〇〇〇円、畑坪当り四〇〇〇円というかなり高額な線で妥結したこと、そのため右委員会の手前もあつて双方合意の上売買契約書の作成を避けたこと、本件土地は地目が畑であつたため、農地法五条の許可を要した関係上、直ちに移転登記することができなかつたのみならず、控訴人は仮登記することを失念し、あまつさえすでにこれをすましていると錯覚していたこと、他方、本件売買契約当時訴外平塚カントリー倶楽部がレインボーカントリー倶楽部の創設を好まず、同ゴルフ場予定地内で土地を買いあさつており、現に本件売買契約前被控訴人下川に対しても本件土地の売却方交渉に関係者が訪れたこと、ところで、被控訴人下川は、本件売買契約による前記代金領収と同時頃、登記移転に要する権利証始め一件書類を控訴人に手交したのみか、前記昭和四二年一〇月九日の農地法五条による申請許可に協力したが、その頃から譲渡所得税の負担を控訴人に求めるようになり、これに対して控訴人は他の土地売却人との関係上これを拒んだこと、被控訴人下川は、本件売買契約後約一年くらいしてから、たまたま本件土地の登記名義がなお自己に存することを知り、控訴人が譲渡所得税の負担をしないなら登記移転に協力しないとの態度に出たこと、ゴルフ場は昭和四四年夏頃オープンしたが、翌四五年三、四月頃小田原市でローカル新聞の仕事をしている訴外山県賢立ほか一名が被控訴人下川と接触し、被控訴人会社が花の栽培適地を探していると称して本件土地の売却を促し、被控訴人下川も五〇〇万円くらいなら売却してもよいとの意向を示してこれに応じたこと、被控訴人会社の代理人江崎日出男は、これをうけて昭和四五年六月一九日自宅に被控訴人下川及び控訴人のレインボーカントリー倶楽部の責任者として買収交渉に当つていた訴外福田幸雄を呼び寄せ、前記山県らも立会いの上、右福田から本件土地売買の経緯を聞いたが、そこで福田は、控訴人が被控訴人下川との間で、なお代金の半額を未払いしているとか、譲渡所得税を支払う義務があるとか、いわんや本件土地が売買の対象外の土地であるとかは一切言及しなかつたのに対し、被控訴人下川はひとを裏切つたと非難したこと、被控訴人下川は、右会合の直後さきに示した代価五〇〇万円の申出を撤回し、二〇〇万円で本件土地を被控訴人会社に売却することに同意し、即日売買契約を締結したが、現実には被控訴人会社から諸雑費を要したとして三五万円を控除され、一六五万円を受領したにすぎなかつたこと、被控訴人会社は、右売買契約当時本件土地がすでにレインボーカントリー倶楽部のゴルフ場内のほぼ中央部にあつて芝生も植えられて使用占有されていることを知つており、それにもかかわらず右契約においてその締結時から僅か一週間後の昭和四五年六月二七日を引渡期限と定めたこと、右契約時の前後頃、前記江崎は、控訴人の取締役富田祥介を会社に訪ね、本件土地は控訴人によつて買収されておらず、自分が被控訴人下川から抵当で取つたが、五〇〇万円で買わないかなどと持ち込み、また前記山県も、これよりさき被控訴人下川の代理人と称して前記福田に対し譲渡所得税プラスアルフアで三〇〇万円出してくれぬかと持ちかけていたこと、被控訴人会社は本件売買契約につき契約書の作成から登記手続の一切をすすんでひきうけ、とくに本件土地につき所有権移転の仮登記申請をするに際して当初提出した転用事実確認申請書は、控訴人の名を申請人として記載しながら、会社印も代表者印もないまま、もとより控訴人には何らの連絡もせずに作成し、また本登記申請をするに際しても、被控訴人下川のために保証書を作成させて権利証にかえるなどの手段を弄したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証人下川、山県、本郷、江崎の各証言並びに原審及び当審における被控訴人下川本人尋問の各結果は措信せず、他にこれを左右すべき証拠はない。

以上認定の事実からすれば、被控訴人下川は、本件売買契約により代金の完済をうけながらも、何ら契約上の義務でない譲渡所得税の負担に対する控訴人の非協力を裏切りと感じ、たまたま売買契約書もなく、登記も未了であることを奇貨として、本件土地を再び他に売却する意思を有していたところ、被控訴人会社は、右事情を知悉した上、売買ないし登記移転の手続一切をうけもつなど積極的に被控訴人下川に働きかけて本件土地を手に入れ、控訴人がその経営するゴルフ場内のほぼ中央部にある本件土地を取得できずに極めて困却する事態を現出させ、以て控訴人に高価に売りつけるなどして不当の利益を得べく、前記売買契約を締結したものとみることができる。

してみれば、被控訴人会社は、いわゆる背信的悪意者として、控訴人の本件土地所有権取得につき登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたらないと解するのが相当であり、控訴人は登記なくして本件土地の所有権取得を被控訴人会社に対抗することができるといわなければならない。そうである以上、控訴人は被控訴人会社に対し前記仮登記及び本登記の抹消を求め得べく、また被控訴人下川に対してはもとより本件売買契約(ただし、売買の日付は農地法五条の許可がなされて売買の効力が生じた昭和四二年一〇月九日)を原因とする所有権移転登記を求めることができる。更に、被控訴人らが控訴人の本件土地所有権取得を争つていることは明らかであるから、これが確認の利益あるものというべきである。

六  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はいずれも理由があつて認容すべく、これをいずれも棄却した原判決は不当であるから、民訴法三八六条、九六条、九三条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村宏一 高林克己 高野耕一)

別紙目録〈省略〉

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